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※両方女体化かつ高校生






女の仲の良さは、相手の恋愛事情をどこまで深く知っているかで決まるものだ。 殊女子高生という生き物は、友情の物差しとしてそれをしっかりと手にしている。 気付くか気付かないかは当人次第だが、そのことに疑問を持つに至る娘は少ない。 猿飛はそういったことに気付かずに、これまでのガールズライフを謳歌してきた所謂勝ち組の女子だった。人当たりもよく、彼氏は勿論異性や同性の友達がわんさかいて、そして彼らの大抵の色恋沙汰には当然の如く精通していた。そんな自分の高校生活に、彼女は満足していたし、近い将来大学か短大に進学してもこういった形で大勢友達を作っていくだろうと無意識の内に確信していた。

ところがそんな彼女が、大きな変貌を遂げようとしていた。きっかけとなったのは一つ年上の、同じ高校に通うとある女性との出会いだった。 彼女は片倉といい、日陰者の集うことで有名な園芸部の部長であった。他の陰気な部員とはまるで違い、彼女は華々しい学園生活の日陰にいるはずなのに、いつも燦然と輝いていて、要するに兎に角美しかった。上背は並みの男子ほどあり、身体の半分以上がすらりと均整の取れた脚で、猿飛のようにスカートの丈を短くしていなくてもその日本人離れした長さは一目で分かった。顔立ちは化粧っ気がないのにも関わらず人目を惹くほどはっきりとしていて、少し浅黒い肌が地中海の美女を思わせた。難点といえばうっすらと左頬に走るいかめしい傷だが、そんなものは他の美しさで充分補えていた。というより彼女に掛かれば傷さえも芸術のようだった。丁度美術の教科書の表紙に悠然と飾られているミロのヴィーナスの、両腕の欠如に喚起された美のようだった。

(…綺麗な人だなあ)

猿飛は幾度となく彼女を見かけて、その度に心の中で嘆息を吐いていた。同性に対し、ここまで心底美しいと思ったのは初めてのことだった。嫉妬や羨望など一切ない、まじりっけなしの純粋な感情だった。それは人間でなく、芸術品や景勝を見たときの情動に限りなく近かった。

彼女と知り合えたのは本当に幸運だった。共通の友人がいて、たまたまその友人といたときに彼女が通りかかり、中庭で初めて話をした。向こうも何かとお祭りごとに駆り立てられる猿飛を認知していてくれたので、その後学内で会えば挨拶をする仲になった。猿飛が口から出任せで花が好きだと言うと、表情の乏しい顔に笑みを浮かべて色々と知識を分け与えてくれた。 意中の男性をデートに誘うときよりも緊張しながら、何度か遊びにも誘った。片倉は誘う度どこでもいいと言ったが、きっと自分が普段遊びに繰り出す繁華街のショッピングビルなんかは興味がないだろうと思い、片倉のよく行くところに連れて行ってもらった。 そこは植物園だったり、図書館だったり、古びた映画館だったりと悉く猿飛に縁がない場所だったが、彼女といると何処でも楽しかった。自分の行きたいところばかりでは悪いからと一度猿飛が普段行くような派手な場所にも行ったが、常ならば楽しいはずの其処がどうも落ち着かなかった。 片倉の前だと、髪を染め化粧をし、流行の服を身に纏う普通の女性たちがとても劣った存在に思え、他ならぬ自分自身もそれらに分類されてしまうのだと悟るとひどく恥ずかしく思えたものだった。とはいえ片倉は特に何とも思っていないようだった。それどころか、服や化粧に疎い自分がこんなところに来るとやはり浮くな、とどこか惚けた口調で言ったのだった。

とまあこんな調子で、猿飛は憧れの先輩と仲を深めていった。気付けば出かける回数がどの友達よりも多くなり、部活で忙しい彼氏よりも会う回数が多くなった。

今までの猿飛の交友と片倉とのそれは、明らかに質を異にしていた。話題はいつも、恐らく片倉でなければ拒んでいたような小難しい話(そもそも彼女の趣味が小難しい)とか、世間話や、天気の話、野菜のこと、道に咲く花のことが主だった。片倉の知識の豊富さを思うと、自分は如何にいつも同じようなことしか話していなかったのか痛感した。誰と会ってもどこそこのシャドーの新色がどうとか、あのブランドのジャケットが欲しいとか、新機種のケータイがどうとか、そんな話しかしていない。 何よりも、片倉とは恋愛の話をしたことがなかった。一番相手とすぐに仲良くなれて、盛り上がるはずの話題を、猿飛は一度も振らなかった。ペアリングをしているので猿飛に彼氏がいるとは何となくわかっているようだが、片倉はそんなことにはまるで興味がないようで、何も聞かれたことがない。正直、猿飛はとても気になっていた。片倉に彼氏か、好きな人がいるのか、過去にいたことがあるのか、今までどんな恋愛をしてきたのか。だけど何となく聞くきっかけが掴めなかった。それに、そんな話題を提供しなくても、充分に楽しい時間が過ごせていたし、彼女のことをちゃんと知れていると思えた。 ところが周囲はそれを許さない。片倉と仲が良いと、彼女に気のある男友達は勿論、女友達からも彼女にまつわる恋愛事情を聞き出そうとされる。あの人彼氏いるの、どんな人がタイプだって言ってた?年上の彼氏いそうだよねー、社会人とか。超経験豊富そう!体験談聞いてみたーい。その度猿飛は心からうんざりし、勝手な妄想で片倉を蹂躙する彼らを軽蔑さえした。 モテていることへの嫉妬とかは拍子抜けするほど沸かず、何も知らないからって勝手なこと言ってんじゃねえよ馬鹿、と苛立った。とは思いつつも、全く情報を提供できない自分も、彼女のことを本当に知っていると言えるのかと悩みもした。

唯一片倉の口から出る男性の話は、彼女の兄の小十郎についてだった。それさえもごくたまにしか話さない。

「兄がな、喜んでいるんだ」
「えっ、何?」
「あまり特定の仲が良い友達がいなかったから、お前のことを話すと喜んでくれる。そんなに仲のいい友達ができてよかった、って。大事にするんだぞ、だと」
「遊びに行ったこととか、お兄さんに、話してくれてるんだね」
「ああ、まあ。出かけると逐一報告しないと煩いんだ」

煩いと言いつつも、片倉は兄の話をする時いつも見たことのない類の表情を浮かべた。 彼女の兄も相当なシスコンのようだが、彼女自身兄のことが大好きなのだろう、と猿飛は思った。兄と仲のいいイメージはなかったが、とても幸せそうな表情からそのことは容易に想像できた。

「一度兄が会いたいと言っているんだ。今度の週末うちに泊まりに来ないか?」

そんな片倉からの申し出に、猿飛は喜んだ。普段遊びに誘うのはもっぱら自分の役目だったというのもあるが、家族に紹介したいと言ってくれるほどの仲になれたことがもっと嬉しかった。 彼氏の母親に会ったとき以上に光栄に思え、そして緊張している自分が、どこか可笑しかった。

週末の午後、マネージャーをしているバレー部の練習を終えてから、猿飛は片倉と学校で合流した。共通の友人である部員の真田と、最寄り駅で降りるまで話ながら電車に揺られ、そこから夕食の買い出しに駅近くの小さなスーパーに寄った。

「片倉さんがご飯作ってるの?」
「ああ、兄は仕事があるし」
「え、お母さんは?」
「言ってなかったか、うちは兄と2人なんだ」

至極何でもない風に言いながら、片倉は野菜を物色しはじめた。制服姿にも関わらず、その姿は随分と堂に入っている。長い間2人分の夕食を作ってきたであろうことがわかり、同時に彼女の家庭の事情は思っていたよりずっと複雑らしいこともわかった。猿飛は悲しいかな、今時の女子高生でいるには余計なほどの洞察力に優れていた。

ともあれ献立は煮物と旬の焼き魚に味噌汁、余り物の切り干し大根と漬け物で決まったようだった。質素ですまないな、と見るからに洋食の好きそうな猿飛に対し片倉はそんなことを付け加えた。猿飛が永続的にダイエット中だということと、実は和食派であるということを片倉に告げると、安心したように笑んで見せてから、それ以上痩せてどうする?と眉を顰めて見せた。

「ちゃんと食わないと、ただでさえ貧相な胸がなくなるぞ」
「もう!お母さんみたいなこと言わないでよ」

お母さん、という単語を口にした直後に猿飛はしまったと身構えたが、片倉はより朗らかに笑って、「確かにな、お前といると何だか母親みたいな気分になる」と言っただけだった。

家族の話をしても本当に何も気にしないのか、拍子抜けするぐらいに何時も通りの片倉が、猿飛には及びも付かないほどに大きな器の人間に思え、ますます彼女への尊敬の念が強まることとなった。圧倒的に美しいだけでなく、清廉潔白で寛容、料理上手で教養深い。これぞ正にいい女の代表なのだろう、と猿飛は強く思った。自分もこんな風になりたい、とも。

片倉の家は中々に小綺麗なマンションで、一戸建て5人住まいの自分よりもずっといい暮らしをしていそうな雰囲気がエントランスからも流れ出ていた。実際上がった部屋もまるでモデルルームのような清潔さが溢れ出ていて、二人暮らしにしては少し広すぎるぐらいだった。

暫く夕飯の支度を手伝いながら雑談をしていると、休日出勤を終えた片倉の兄が帰宅した。 その時の片倉の第一声に、猿飛は驚きを隠せなかった。彼女は「兄上。お帰りなさいませ」とお辞儀までして、自分の兄を迎えたのだった。一瞬今流行の仮装喫茶かと思ってしまったぐらいだ。

「ただいま」
「お休みの日までお勤めご苦労さまでございました。お鞄を」
「それよりもまず、お友達を紹介しなさい」

時代劇かコントかといったやりとりに目を白黒させている猿飛を片倉は視線で此方に来るよう促した。慌てて鍋の火を止め、兄妹のいる居間に向かう。猿飛まで取ったこともない厳かな態度を取らざるを得なかった。

「お初にお目にかかります、猿飛さん。いつも妹からお話は伺っております。兄の小十郎と申します」
「あ、初めまして、いつもお世話になってます」

ぺこりと慣れないお辞儀をして、顔を上げるとそこにいたのは成る程血は争えない、とても美しい男だった。発達途上の見慣れた高校生男子と同じ性別とは信じがたいほどに、成熟しきった、見事に完成された男性。体付きはもちろん、佇まいや落ち着き、所作まで円熟していて、猿飛はときめきを感じるどころか狼狽した。顔に至ってはまるで外国の俳優のように整っている。つくづく日本人離れした兄妹である。左頬に、妹と同じ傷が走っている上に髪を後ろに撫でつけている所為で少し強面だが、それらを遙かに美しさが凌いでいた。男の人を美しいと感じたことなど、猿飛にはなかった。

緊張しつつも何とか食事の席では打ち解け、学校での片倉の様子や、猿飛自身の些末事を話の肴に煮物に舌鼓を打った。驚くほどに旨い料理だった。片倉も笑顔が絶えることなく、和やかで楽しい食卓だった。

まだ仕事があるとパソコンに向かう小十郎に先に休むと挨拶し、二人は寝室に向かった。

片倉の部屋は、およそ年頃の娘とは思えない質素な内装だった。女の子らしいところといえば窓辺に手入れの行き届いた小さな花がぽつんと置いてあるぐらいで、あとは大きな本棚に並んだ小難しい書物に、整然と片付いた学習机、きっちりメイキングされたベッドと、客人用の布団があるのみだ。山積みになったCDや雑誌や漫画、でかでかと貼り出された芸能人のポスター、脱ぎ散らかされた服が氾濫している猿飛の部屋とはまるで別世界だった。帰ったら部屋の掃除をしようと猿飛は固く心に決めた。

「お兄さん、すっごい素敵な人だったねぇ」

温かく柔らかい布団に潜り込みながら、猿飛は率直な感想を述べた。

「片倉さんに似て、超美形だし優しいし妹思いだし。理想的な男の人ってかんじ」

片倉はああ、とどこかぎこちなく返事をした。もっと喜ぶかと思っていた猿飛は、片倉のその態度に少し違和感を覚えた。まあ身内をべた褒めされても反応に困るというのは不思議ではないが、片倉ならそういった一般的な反応をしないような気がしていたのだ。

「あんなお兄さんと暮らしてたら、同級生の男子なんて眼中になくなっちゃわない?」

さりげなく、猿飛は以前から気になっていた恋愛話のきっかけになるような質問をした。お泊まりに来て枕を並べて眠るという状況下なら、普段なら話さないようなことも話せるのではないかと思っていたのだ。

片倉は黙っていた。ベッドの上にいる彼女の様子をそっと伺うと、彼女は見ている方まで切なくなるような、思い詰めた表情をその美麗な相貌に浮かべていて面食らった。見聞に秀でた、歳不相応な落ち着きを持った片倉が、この時ばかりは普通の女子高生にしか見えなかった。それは恐らく、難しい恋路に悩んでいる数多の友達と同じ表情だったからだ。

「片倉さん…?」
「…あ、ああ、悪い。ぼうっとしていた」
「眠い?もう寝ちゃう?」
「そうだな」

そう言ったものの、片倉は体勢をぴくりとも変えずに相変わらずの表情で沈黙していた。見かねた猿飛が電気を消すと申し出るまで、実に長い間そんな調子が続いた。

暗がりに包まれると、相手の様子が不可視化し、それが余計に猿飛の思案を深めた。

片倉が見せた、辛い恋に悩んでいるであろう表情がどうにも離れない。気になるが、とてもではないが容易に踏み込める領域ではなさそうだった。ここでも猿飛の常人離れした洞察力が働き、邪推してしまう。否、最早それは確信に近かった。片倉は、兄の話をするときいつも普段けして見せない顔をする。柔和な顔、身を切り裂かれているような苦しげな顔。それら全ては、彼女の感情に由来していて然るべきものであるのだから、その感情の何たるかを見破ることはわけなかった。もともとの鋭さに加え、似たような顔をする恋に悩む乙女たちを猿飛は余りに多く見てきた。だが、猿飛にはそんな自分の憶測を証明する勇気はなかった。

「猿飛」

もういいや寝ちゃおう、と目を瞑った正にその時、片倉が膜を張ったようにぼんやりとした声音で話しかけてきた。

「さっきの質問だが、お前の言う通りだ。やはり同級生を恋愛対象としては認識できない」
「…そうなんだあ」

妙なことに気付いてしまいそうで、猿飛は折角の恋愛話に花を咲かせることができなかった。あんなに聞いてみたいと思っていた片倉の恋愛観は、今や何とか逸らすべき話題の首位に躍り出てしまった。これほどまでに自分の洞察力を恨んだことはなかった。

「お前には恋人がいるんだろう」
「うん、まあ一応ね…興味ないかなーと思って、話さなかったけど」
「そうか、てっきりお前が話したくないのかと思っていた。だが、どんな相手であれ大事にしろ。相思相愛で、お互いを一番に思い合える関係を築けるのは、奇跡みたいなものだ」

普通の人間が言えば単なる説教でしかないはずなのに、彼女の言葉には魂が籠もっていた。自分のことを思って言ってくれているからだと考えられれば楽なのだが、恐らくは片倉自身が身を以て痛感していることであるからだろう。彼女は一生、もちろんこの邪推が正しければの話だが、愛する人に一番に想ってもらいながらも、その想いが彼女の望む類のものになることは、けしてないのだ。

「うん、ありがとう。……片倉さんは、彼氏いないの?」

聞くべきでないとは分かっていた。しかし、もしも恋人の存在があれば、己の推理は間違っていたことになる。それを望みにかけて、猿飛は意を決して問うた。どうか、誰かいますように。誰もが羨むような素敵な彼氏が、彼女に存在しますように、と半ば祈りながらの問いだった。出逢った沢山の人間に、百万遍も聞いてきたことだったが、こんな心情の中で訊ねたのは言うまでもなくこれが初めてだった。

「いない。いたこともないし、…この先もないだろうな」
「そんなことないよ、片倉さんみたいな美人うちの学校には他にいないし、そりゃまあ片倉さんの気に入る人はいないかもしれないけど、きっとこの先出逢えるよ!」
「何でそんなに必死なんだ、お前。変な奴だな」
「あ、ごめんつい…」
「謝ることでもない」

猿飛とは裏腹に、片倉は可笑しそうにくすくす笑みを漏らしていた。でもきっとその顔は上手に笑えていないのだろうと猿飛は思った。

「好きな人がいるんだ。もうずっと前から」

好きな人の話をするには悲しすぎる声の調子で、片倉はそんな告白をした。

まるで懺悔だ。猿飛は懺悔を聞いたこともしたこともないが、これは紛い無く懺悔なのだ。 彼女は罪の告白をしようとしているのだろうか。そう思うと、型に嵌った返し文句の一切が継げなくなった。常ならばまるで自分のことのように興奮し、声高に意中の相手のことを根掘り葉掘り聞き出して、当人の彼への思いの深さに恍惚としたりできるのだが、曖昧な相づちを打つぐらいしか今の猿飛には出来なかった。ただ片倉の罪の深さを己のもののように感じて、不安とやるせなさが小さな胸にぐるぐると渦巻いて、とても苦しい。

「今生の間ずっとお慕いし続けると思う。結ばれることはなくても」
「…でも、それって辛いよ…」
「ああ、辛い。辛すぎて死にそうだ。本当、地獄だよ」

そう言うと片倉はよくお休み、と告げて、眠りに入っていった。恐らく眠ってはいないのだろうが、猿飛もうん、おやすみ、と返して眠るふりをした。

片倉の告白は、邪推を確信へと昇華するのに充分すぎた。彼女が生まれてこの方身を焦がすほどに想いを寄せている人間が誰なのか、痛いほどに分かった。分かって仕舞った。 そして彼女の恋は、どんな美貌や教養を以てしても手に入れることができない。彼女が妹である限りにおいて。 願わくば、想い人を忘れるほどに素晴らしい誰かが彼女の前に現れて、彼女を奪って欲しい。 もしも自分にそれが出来たなら、今すぐにでもこの地獄から連れ去ってあげるのに、と猿飛は不甲斐なさに枕を濡らした。






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