DESIGN







何処にも行けないのは俺だけじゃないんだよ。
勘違いするなよ、心がないのは俺だけじゃない。
だのにあんたは素知らぬフリをして、さも己は完璧な武人であるかのような顔をするのだから、とんでもなく滑稽だと思う。
何が武人だ、と草の俺は唾を吐く。武人という種族は草をさも人間を抱くかのようにして抱くのか?
今のあんたは滑稽だ。俺の不味い唇を吸っては離しまた吸い付いて、鳩尾から一直線に胴体の区切りのところまですうと一本 線を引き、俺が感じるだろうと考えるあんたはひどいもんだよ。

ああだけど嘆かわしいことには、この男の動きにいちいち過敏に反応してしまう俺がいる。死ぬほど辛い。
どういうわけだか右目に身体を貪られているときだけは、俺が本当は誰の物であるかということも全部忘れて仕舞えるのも また辛い。

はじめのうちは今日こそ寝首を掻いてやりたいもんだと思うのに、身体が身体に触れるごとにそんなことどうでもいいやと 思って仕舞うのだからやるせない。この肌は確かに熱を有している。そうして灼かれる。
最も殺してやりたい相手の温度に灼かれていく。真っ暗闇が夜から這い出して迫り来る。それは何処か恐怖に似ている。

口吸いなんて幼稚な真似を、いつからしだしたのかわからない。
その所為で舌が自分の一番感じる箇所だと思い知った。
本能のままに蠢くことを許された寒い夜のど真ん中で、だから俺はしつこくしつこく右目の唇と厚い舌を強請る。
口蓋をぐるりと一度舐め回されて喉がひゅうっと鳴った。
息が出来ずに酸素が欠乏しはじめ必然苦しくなって追い立てられていく、だけどそれさえもとんでもなく気持ちいい。
喘ぎ喘ぎ呼吸をしている内に迫り上がるのは悦の熱。溺れた忍が腰に腰を擦りつけて次の快楽の波を誘う。
波は大きい方がいい。まともな思考が溺死する。

行為に敷き物なぞ要らない。背中が痛くて硬い方が燃え上がる。
といったわけで今日も床の間に直接背を預けて中途半端に脱げた衣を暴いてもらう。
その間にもずっと舌がくんずほぐれつ水を求めるようにして絡まり合って解ける。
右目は俺ほど舌への刺激を好まないがそれでも充分すぎるほどにまとわりついてくる。

「あ、はあ、」

男の喘ぎ声なんて耳を塞ぎたくなる代物だろう。
きっとこの御仁は俺の甘ったるい声が大嫌いだ。だからいつもうんざりするほどに甘く淫靡に啼いてやるのだ。
焦れて右目が首に噛みついた。痕が残ると思うけれどもそんな些末なこと気に掛けていられるほど 俺は老成していないのだった。呑まれる、呑まれる、呑まれる…

「ん、んんっ」

耳梁に犬歯を立てられて俺は大袈裟に跳ねた。耳は舌の次に弱い。
俺の好きなところを知るには余るほどたっぷりと回数を重ねてきたのだからこのねちっこい攻め方にも頷ける。
幾度も幾度も幾度も重ねるごとにまた深く酔う羽目になる。
そうやって逃れられない。どこにも行けないとはそういう意味だ。

「あ、あ…ん、直に、…頼むよ…片倉の旦那」

耳を食む一方で布の上からぐるぐる円を描くように急所を撫でる大きな手が微量な電気を臍に流す。
爪の先からじりじり炙られるみたいにして這い上がってくる熱がもどかしくてならない。
もっと強烈な感覚を良く知っている俺の身体はお強請りの言葉と共に自然、くねり出す。

でも意地の悪い旦那は俺のそんな甘い要求を無視して、あくまで布の上から、後ろの穴をこじ開けるようにしてさすった。
女の膣でもあるまいし、そんな脆弱な刺激でなくても濡れることなどない排泄器官からあからさまに焦がれた件の感覚が 生産されるのは、俺の忌々しい雄の身体に雌の性感を入植されてしまったからだ。実際、俺は指の動きに合わせて 甲高い声を上げる。

自らの声帯が紡ぐ嬌声にすら煽られて、ゆっくりと性器が勃ち上がりはじめ、子を為す職務を放棄せられた精子たちが 張り詰めるのを感じる。この男とは違って、子を為す機会など生涯巡って来そうにもない俺の遺伝子は、こういう時にしか 役立たない。俺の身体器官は圧縮された情欲の掃きだめでしかなく、塵芥はたまにこうして放出させてやらないと、毒なのだ。

「あっ、あっ、かたくらさ…っ」

恍惚とした表情を作って俺を見下げる男を見ると、少し苦い顔をしていた。
彼が褥で名を呼ばれるのを嫌うことを知っている。
だが俺より数年歳を重ねている男は、今そのことを告げるよりも耽溺を優先させる。
だから何も言わず、その代わりに俺を攻める手を激しく、痛くする。そういったことも俺は全部知っている。

「あぁっ、い、いたいよっ…」

わざとらしく顔を歪めて痛がって見せると気をよくすることだって知っている。真性嗜虐性の塊のような御仁である。
まあこんな風な、見透かした体を装おうとしてはいるが、実際痛くされると大きくしてしまう俺だって真性変態だと自嘲。
だけどそれぐらいいいじゃないの。こうでもしなきゃ無駄に大きい自尊心が崩れ去ってしまうんだからさ。

右目は汚らしい窪みを敢えて剣胼胝の出来た指でぎゅうぎゅう圧迫しながら次は胸に舌を這わせた。
正直胸をやられるのはとんでもなく厭だ。
おなごにするようなやり方で優しく甘く舌を遣われると自分が惨めで惨めで自害したくなっちまう。
下半身は粗野に扱うのに、このくそったれは、胸や脇腹を弄るときは非道く優しくする。
俺がそれを心底嫌うのを知っているからだ。本当にお互い様。

「ん、ふっ、あ、いい…そこ…」

初めこそ噛みつかんばかりに抵抗して口汚く罵りもしたけれどもう諦めた。
代わりに右目の旦那の嫌うことをしてやることで鬱憤を晴らしているし、何より折角乗ってきた興が冷めちまう。
互いを思いやって愛し合う義理なんかないんだから、そういう押し問答は無駄だ。俺様は無駄が大嫌い。

「もっと…噛んで」

思ってもみないことを言うのは忍の本業なのだから容易い。
血が出ない程度に牙を立てられて、当初は不快で堪らなかったはずなのに、今ではあっさりとふたつが赤く染まってぴんと立つ。

必要以上に吸音を立てる右目はきっと俺に嫌がらせをしている。
食事や何かの所作にも煩そうな精悍な男が、浅ましい乞食みたいにぺちゃぺちゃ音を立てて俺の何も出ない乳を食べている。
この時ほど自分が蹂躙されていると深く実感するときはない。
搾取され、踏みにじられて、それらは実に草に、この俺様にふさわしい。
畜生、何て嫌な音、何て嫌な男だ!顔が見えないのをいいことに俺は思いっきり顔を顰めた。

「んっ、ん…ね、もう、欲しい…片倉さん」

呼ぶと素直に顔を上げた。薄い唇が唾液で濡れて染まって淫猥なのに、両の眼は未だ武人の色がしつこく残っている。
気に食わない。もっと色香を携えた、動物のような目が見たい。

「んん…」

乳を吸っていた唇が再び俺の舌を吸う。その隙間に下帯を脱がされて、今度はさっき俺が強請ったように直に、 穴に指が穿たれる。慣らすためのものなんてない。何度されても慣れない痛みが耳の奥を裂き俺は唇の合間から短く喘いだ。

「あ、うぁ」
「痛いか」
「…痛いよ…っ裂けてんだからっ…」

ずっと無言を貫いていた男が最初に放ったのは痛いかどうかだなんて、本当に笑わせる。
馬鹿じゃないの、と思う。それも痛いと言っても、ちょっと口端を吊り上げて満足気に笑んで、更に無遠慮に例の胼胝の ある指を推し進めてくるのだから救いようもない阿呆だ。

「ひっ、う」

がりがりと内壁を引っ掻かれて俺は仕留められた鳥みたいな声を出した。劈くような痛みが脊を駆け抜ける。
意に反して勝手に涙が溢れ、雄は硬度を増した。

「痛くてこうなるのか手前は」

今度こそ右目は笑いながら云った。
その賤しい笑顔にありったけの唾を吐きかけてやりたかったが、ぎりと下唇を噛むに留めた。

「いわないでよ…っ」

どこまでもしおらしく振る舞える自分が一層誇らしい。今暗器が傍にあればその喉掻き切ってやるのに。
そうして竜の右目の首を担いで上田に、否先に甲斐に戻ってやるのに。

「どうしようもねぇ透波だな」

声に嘲笑と侮蔑の色を存分に滲ませて右目は言い、指を引き抜いた。
その刺激にも声を漏らしてしまう俺は本当に無様だ。
頭では分かっているんだ、俺は莫迦ではないのだから。そうでなければ長なんて務めていられる道理がない。
だけどいくら頭で分かっていたって身体がちっとも言うことを聞かないんだから、片倉の旦那が言うように、俺はどうしようもない透波だ。

筋張った両脚を抱え上げられ、膝頭が頬骨の近くにまで来る。
身体が柔らかいのが吉と出たか凶と出たかはよくわからないが、ちっとも辛いと感じないので前者ということにしておく。
いい具合に晒された尻の穴が痙攣するのを感じた。
深い意味はないけど、誘っているように見えれば幸いだ。
荒く息を吐く俺様とは裏腹に、右目は少しも呼吸を乱していない。
そんなザマでちゃんと立たせるモン立たせてんのかよ、といつも思うのだが、思った次の瞬間には火傷しそうに熱い 肉の塊が繊細で狭い穴に宛がわれ、そして思考が飛ぶ。

「あ、はぁっ…あ、つぃっ、あっ、あっ!」
「舌ぁ、噛むぞ」

肉の裂ける音を聞くのにももう何も感じない。
どうにかこうにか異物を受け入れる内臓が血を吹いて上げる悲鳴も聞かなかったことにできる。
見た目通りのご立派な逸物に怖じ気づいていたのは秋の始めの頃だっけ? 今じゃなるべく奥に導こうと足を男の首に絡ませる芸当だってお手の物さ。
このまま力を込められれば首の骨が折れるだろうか、とふと夢想するけど、いつだって頭の中だけの話で終わってしまう。

右目が覆い被さって、少しだけ早い息遣いを耳元で感じる。
名だたる武人の上半身は筋骨隆々で逞しいのに、存外腰の輪郭が女のように丸い。
その腰を一定の拍で振るたび、俺は抉られて、鋭痛と悦楽が迸る。
流石に板で裸の背が擦られると辛い。辛いけど、どうでもいい。痛みと快楽とは二律背反、切っても切れない仲なのだ。

「んああぁっ、いいっ、いぃ…っ片倉さんっ、すごいぃ…っ」

厄介なのはこの腰だ。何がいいと具に語ることは出来ないけど、この腰の動きがとんでもなく悪い癖になる。
引きつけられ引き上げられ揺り戻され、内側をぼろぼろに犯される。認めるのは癪だけど、たまらない。
技巧云々ではなく単に相性がいいだけだと思うのだが、こうもしっくり来てしまうと、癖になって脱けなくなって、 同じことを堂々巡りで果てがない。
覚えてしまったことを忘れてしまうことは至難の業だ。そんなこと里での修行では教わらなかった。

思い出したように性器をぞんざいにだが扱かれて、限界ぎりぎりのところにまで迫った欲が破裂しそうだ。
ここまで来ると俺は甘い声を上げるのを忘れて、呻きに似た其れと断続的な息を零すことしか出来なくなる。
高く上げられた腰が揺れ動き、行き場のない手が板をがりがり引っ掻いたり所在なげに空を切ったりと忙しい。
毒づく言葉も忘却した。今は業火に焼かれて身もだえることにしか興味がないのだ。

「あ、ああっ、で、るっ、も、だめ、あぁあっ」

すぐ傍にまで迫った暴発を感じて素直に訴えたが、右目はそれを許しはしなかった。
握り潰さんばかりの力で俺の性器を抑えつけ、小さな先端の穴を塞ぐ。びんと糸が張り詰めたようにして俺は撓った。
痛くて痛くて仕様がない。

「あああああ!いや、だ、離せよっ」

殆ど叫びながら俺は抵抗したが、右目は俺の痛みを意にも介さない。
それどころか体内で男の質量が増し、動きが速く力強いものになった。
快楽を陵駕しかねない激痛に俺は童のように喚き散らす。頭が真っ白に染まって何も、見えない。
今の俺に許された言動は痛みをはねつけようと藻掻くためのものだけ。
逆に考えれば俺が人という動物であれるのはこの時だけ。
痛みという感覚は目に見えぬ生を思い知るいい道具ではある、あるのだがそれにしたってこんな痛めつけられ方はない。
ああ、ああ、糞野郎、死ね、死んじまえ!

「あぁあ、ああ、痛い痛い痛いっ!」

堰き止められた精が逆流する。有害な塵が尚俺の身体に留まろうとしている。
熱棒で突かれて俺の内壁は爛れていた。繊維の切れる音がして、また血が滴り落ちるのを感じた。
喉が引き攣り、食い縛った歯がぐらぐら揺れる。もう駄目だと諦めかけたときに、やっと解放が許され、俺はだらだらと精を零した。その少し後に、同じ色をした液体が胃附にまで届きそうなほど叩きつけられた。

害を出す代わりに害を受け入れる不毛な行為が終わる。痛みは消え、代わりに蕩け切った脱力感が襲ってくる。
腹が気持ち悪い。やや子でも何でもない、得体の知れぬ化け物を宿した気分だ。
力任せに殴ってやりたい気分と、腕を絡めて女のように振る舞いたい気分がないまぜになり、 結局俺はどちらもすることはない。ぐったり息を吸って吐いて、右目の身体が出て行くのを待つだけだ。

「ちったぁ耐えな。堪え性のねぇ草だな」
「…お馬鹿さん…あんたが好すぎるんだよ」

そんな軽口を叩く俺の顔ときたら涙と涎でぐちゃぐちゃで、赤みも消えていないときている。
何でもない顔をしている右目が恨めしい。地の底にまで墜とされて身動きが取れない俺を見て愉悦に浸っている。
この時初めて右目の双畔から武士の色が消える。仕留めた獲物に施した壮絶な死と味を飲み込んだ獣の目がそこにある。
それだけで何となく、先の不躾な行いを相殺できてしまう俺は、もう救われぬ。
辛いと感じる心など最初から持ち合わせておらず、逃げ場なんてもう何処にもない。
痛む身体が呼吸を促し、毒が溜まる。溜まった毒は吐き出さなくちゃ。だから性懲りもなくまた此所に来るだろう。
殺してやりたいと思う内は、俺はこの男を忘れることができないのだ。







エロむずい