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※学園パラレル









成績は中の上、可もなく不可もなく。

受験には役立たないけど、家庭科・美術・体育・音楽、副教科をやらせたら猿飛佐助様の右に出る者はなし。

人当たりはかなりいい。学年で、いや学校で一番いいかもしれない。

廊下ですれ違う殆どが友達か、悪くて顔見知りだ。友達に引っ張り出されて色んなイベントに参加したり、果ては企画したりで毎日忙しい。 女子からの人気もそこそこある(らしい)。

彼女は2年のときまでいた。フラレた時はそれ相応に落ち込んだが、多くの友達が励ましの意味で遊んでくれて、気遣ってくれたおかげで、すぐに傷は癒えた。元彼女は俺の、友達が多すぎるところが嫌だったと言う。確かにあまりにも彼女より友達と遊びすぎたかな、とは思うのだけれど、そっちの方が楽しかったんだから仕方がない。

そして今は、彼女じゃなく彼氏がいる。だけどそのことは誰も、本当に誰も知らない。こんなにも友達がいるのに、誰一人として知らない。でも何でもかんでも話すのが友達ってもんじゃないでしょ?一緒にぱーっと若者らしく騒いで遊んで巫山戯てられる、それだけで充分。秘密は人生の秘薬だ。何だか濃い生き方をしている気になれる。みんなそうでしょ。

そんな感じで、俺の学校生活はすこぶる良好。多分、そう。




同じクラスの強面、園芸部員兼野球部員、左頬に大きな傷のある男が、俺の恋人。

成り行きは省略するとして、そうなったのは3ヶ月前ぐらい。俺が彼に欲情したのがたぶん、始まり。初めは自分の想いに戸惑ったけれど、別にこのご時世、何でもありだ。俺は開き直るのがとても上手い。抱いてみたいと思ったからしょうがない。どうして彼が俺を受け入れてくれたのかは聞いたことがないからわからない。これからも聞くことはないだろう。

その彼の様子が最近どこかおかしい。何だか浮かない顔をしている。

俺たちは普段から殆ど話さない。二人のときもだけど、教室では特に。俺はいつも騒がしいけど、彼は年不相応に真面目で沈着だ。 そんなだから親しげな友人を気取って、最近元気ないねと声をかけることも憚られる。 彼にメールの一通を送ることも、何だか違う気がする。そういうんじゃないんだ、と思う。 そこで俺は幅広い人脈を生かし、野球部の友達に彼の様子をとてもさりげなく伺う。 俺は彼が部活でどんな風なのかさえ知らないのだ。彼は話さないし、俺も聞かないし、聞かないから教えてくれない。

猿飛、お前、片倉と何かあったの。え?いやいや、俺全然話したことないし。でもちょっと仲良くなりたいなって思ってさ。へえ、お前ら全然合わなさそうなのになあ。 そんな何気ない会話の応酬にさえ俺はどきりとする。何かあったかって?実は此奴知っているんじゃないか。彼から何か、相談を受けていたりするんじゃないか。ちょっとした言葉で疑心暗鬼になってしまうのは、やましいことがあるから。開き直るのが得意とはいえ、世間体は大事だ。ホモだなんて噂が流れれば、彼が、俺が甚大な被害を受けることになる。彼の性癖は知らないが、俺は自分が同性愛者だって自覚はこれっぽっちもない。好きな男の人は彼だけ。抱きたいと思う男は彼だけ。他の男を見たって何とも思わないけど、可愛い女の子を見れば普通に興奮するし、ちょっと破廉恥な妄想だってしちゃう。そういうのは性癖とは言わないらしい(保体で習った)。だから友達にあらぬ誤解をされたくない。

廊下で彼とすれ違ったとき、いつもは絶対にこっちを見ない彼と、目が合った。それだけで、彼が誰かに何か言ったんじゃないかと心配になる。何を相談するのかは知らないけど、いてもたってもいられずに、話してしまったんじゃないかと怯えてしまう。だって彼が何を考えているのかなんてちっとも知らないんだ。もしかしたら彼はホモである自覚が備わっている人で、ごく一部の親しい友人にカミングアウトしているかもしれない。そしたら必然的に俺のことを話すだろうから、外部の人間に(たとえそれがどんなに口を割らないイイ奴でも)俺たちの関係が漏れてしまっているかもしれない。そう考えると不安だった。

その日の放課後、本当に偶々、教室で一人残っている彼を見つけた。窓の外を物憂げに見つめている様が、絵になっているけれど、それは俺の不安を掻き立てた。俺は一緒にいた友達と適当に理由をつけて別れ、彼のいる教室に入った。

「片倉さん」

声を掛けると彼は少し驚いたようで、一拍置いてからおお、と素っ気なく返した。

「一人でなにしてんの?部活は?」
「今日はサッカー部にグラウンド取られちまってるから強制的に休みだ。お前もいただろう、グラウンド全面かけた勝負ん時」
「真田の旦那に助太刀頼まれちゃ断れないからね−。で、何してたの」
「…話があるから残るように言われた。あそこの席の奴に」

彼の視線の先には、クラスでも評判のしとやかな美人の座席があった。 今は無人の素っ気ない木の机は、夕陽を浴びてオレンジに色を変えている。

「放課後、教室で折り入ってお話かあ」

そんなベタなシチュエーションに当て嵌まる用事なんてひとつだ。へえ、そうかあ、あの子片倉さんをねえ。可憐な彼女が、一見極道者みたいな強面に惚れるなんて意外だ。確かに顔そのものの作りは端正極まりないけれど、例えば彼が付き従う野球部部長の伊達くんや、みんなの憧れサッカー部部長真田の旦那なんかが、ああいう女子が好きそうなタイプの顔じゃないのだろうか。彼らを抜きにしても、うちのクラスはなかなかの粒ぞろいだ。ちょいワル長曽我部、クールで知的な毛利、人なつっこい前田、それにほら、この俺様も悪くない。そんな中から片倉さんを選ぶあの子はなかなかどうして粋な趣味を持っているのだな、と俺は感心した。俺様と好みが合うみたい。

「で、何て返事したの?」

勿論美人に告白されたことへの羨望もあるけれど、それ以上に彼が何と返事したのかがとても気になった。当然だ、彼は俺の恋人なのだから。

「断った。前から仄めかされてはいたんだが、今日正式に断った」
「へえ、あんな美人を袖にするなんて、罪な男だねえ」

茶化して笑っても彼はくすりともせず、相変わらず外の景色を見ていた。

美人からの交際の申し出を断ったのは、俺の存在が関係しているんだろうか。いや、しているんだろう、きっと。それにしても、あの子今頃泣いてるだろうなあ。慰めてあげたら、俺のこと好きになってくれたりするかな。でも彼女が本当に欲しかった男は俺のものなんだ。そんな奴と付き合うなんて、彼女が可哀想。

「もしかして、最近元気なかったの、そのせい?」

彼は片眉を少し上げただけで、否定も肯定もしなかった。だけど多分、正解なんだと思う。

色々考えちゃったんだろうなあ。彼女のことをどう思っていたかはわからないけど、男と付き合うより可愛い女の子と青春を謳歌した方がずっといいはずだもの。そういった珍しい類の葛藤を、彼は一人で処理できたのだろうか。ずっと気になっていたことが、心をずしりと重くする。告白の返事を聞く前よりも、ずっと動悸が激しくなって、脂汗がこめかみに滲む。俺は思わず率直に、訊ねてしまった。

「ねえ、もしかして、誰かに俺たちのこと、相談したりしてないよね?」

俺の言葉に彼は振り向き、一瞬驚いたような、呆れたような顔をしてから、ぐっと眉間に皺をかき集めた。少し、ほんの少しだけ、瞳孔が大きくなっている。

あ、どうしよう、傷付けた。

この人、本当は結構繊細な人なのに。

心ない一言で、俺は確かに彼の魂を抉ってしまった。

「するわけねえだろ」

怒った、というより侮蔑の念を込めた声で彼は吐き捨てた。今のはほんと、最低な一言だ。そりゃ傷つくし、腹が立つ。申し訳ない気持ちが俺の胸をいっぱいにした。ところがすんなりと謝罪の言葉が口を出ない。とんでもなく重い沈黙が幕みたいに下りてきて、その威力に俺のちっぽけな謝罪文句はいとも容易く呑み込まれてしまったのだ。 外から聞こえるサッカー部のかけごえと、ボールを高く蹴り上げる音が、西日に染まった教室に響いて、沈黙を助長した。彼は前を見ていて、俺の方を見ようとしない。俺はじっとそんな彼を見ている。穴が開くほど見つめている。怒らせたくなかったし、傷付けたくもなかった。なのに何でそんなこと聞いちゃったんだろう。俺様ホント馬鹿だ。

「…なあ、そんなに気にすんなら、もう終わりにすりゃあいいだろう」

彼が低く唸るように、別れ話を切り出した。嫌な風に鼓動が収縮する。嫌だ、とはっきり思った。まるで刻印されたみたいに、頭に一文字、嫌だ、と浮かんだ。

この関係が周りにバレるのは本当に嫌だし怖いけど、終わりにするのはもっと嫌だ。もし終わってしまっても、何もなかった振りをする必要もなく、ただクラスが同じだけの同性として何の損失もなく日々を過ごすことができるけれど、きっとそれは一番の安全策だけれど、それは俺の選択肢にはない。だって彼のことが好きだから。

「違うよ、…そういう意味じゃないよ、何でそんなこと言うのさ。わかってるくせに、俺の気持ち」

彼は黙っている。相変わらず俺の目を見ようともしない。

「俺が片倉さんと別れたいなんて、思うわけないじゃん」

相変わらず沈黙。俺の言葉に安堵もしないけど、ここで別れると意志を通すこともしない。

何だ、やっぱり片倉さんだって別れる気、ないんじゃない。そう思うと急に彼が可愛く見えてきて、俺は此所が教室だということもあまり意に介さず、彼の逞しい首根っこを抱き締めた。

すると彼は案の定嫌がって、俺を強い力で引き離し、「女みてぇな扱いすんじゃねえ」と苦々しく言った。俺はそれに懲りずに、「いいから、ちょっとだけ」ともう一度、今度はずっと優しく彼の頭をそうっと抱いた。そうすると彼は深く溜息を吐いて、諦めたのか大人しくなった。

「だって、もしみんなにバレちゃったら、もう会えなくなっちゃうんだよ。そんなの嫌だよ」

窓から差し込む陽光がじりじりと、俺の頬だけに焦点を当てて焦げていく。眩しいな、と頭の片隅で思う。抱擁の柔らかくこそばゆい感触だけを楽しみたいのに、どうしても、あかね色が消えない。彼の吐息が胸にかかる。あー、好きだ。俺は頭の中にその言葉を浮上させる。こういうときに感じる、こんな感じの感情が、好き、というものなんだって俺はちゃんと知っているから。それだけでなく、口べたな日本男児らしからず、俺はその気持ちを言葉にして相手にきちんと伝える。歌の歌詞でもよくあるじゃない、言葉にしなきゃ何も伝わらないってさ。

「片倉さん、好きだよ、だから俺様のこと捨てないで」

ああでも、言葉にすると、どうしてこうも薄っぺらく陳腐なものになっちまうんだろう。日本語って、愛情表現には向いていない言語なんじゃないだろうか。それを知っているからか、彼は何も気の利いた返事をしない。ただ黙って俺の抱擁を享受している。それさえも、仕方なくといった風に。少しだけ力を強めると、彼の身体がぴくりと微動した。些細な身体表現が、無口な彼の場合、非常に大きな意味を持つ。だけど、どんな意味なのかは、俺様にはまだわからない。もしかしたら、一生わからないままでいるかもしれない。

「捨てるのはお前だろ」

彼がくぐもった声で呟いた。片倉さん、俺に捨てられると思ってるの?怖がってるの?ああ、この人は何て可愛いんだろう!

キスをしようとしたら、今度こそ全力で拒絶された。一緒に帰ろうか、と言うと、園芸部に顔を出すと断られたので、じゃあここで待ってると言った。好きにしろ、と彼は立ち上がって、すたすたと教室を出て行った。置いて帰られるかも、と思ったけれど、彼は律儀だからきっと迎えに来てくれる。そういうところが、いいところだと思う。きっと俺は、自分にはない彼の律儀さに甘えている。

だから、たぶん、彼の予見は正しい。いつか彼を捨てるのは、俺なのだ。







ちゃんとしたさすこじゅ